ERECTA


エレクターシェルフとの出会い

エレクターシェルフとの出会い

創業者・柳屋行が営んでいた和食レストラン「ふるさと」。「ふるさと」は、ダム建設で湖中に沈む運命であった岐阜・白川郷の合掌造りの民家を、その独特な個性を活かしたいと考えた柳屋が、1957年に東京に移築して開店したレストランです。日本文化を体現するその姿はアメリカ大使館や海外のVIPにも評判が良く、ハワイをはじめとした海外出店計画を始めることとなったのです。

1964年に「ふるさと」はハワイ店をオープン。
開店の数日前に、柳屋が厨房内に目を向けると組み立て式の食器棚が梱包も解かれぬまま壁に立てかけてありました。
時間的な焦りも手伝い、自ら梱包を解き、棚を組み立て始めたのです。これがアメリカで爆発的な普及を見せていたエレクターシェルフ(スタンダードエレクター・シェルフ)だったのです。

エレクターシェルフは当時日本で一般的であった、重くて間隔調整も不可能な作り付け什器とは異なり、棚間隔はもちろん、レイアウトさえも変更可能。そしてワイヤー製ゆえの通気性などが画期的なシェルフでした。
これらに着目した柳屋は、出会った翌日には単身ハワイからアメリカ本土のインターメトロ社に乗り込み、日本での製造販売権を手に入れることとなったのです。

エレクターとは